彼は今年、僕のサードへのコンバートによって
空席になったセカンドを守る。
打撃では僕と1,2番でコンビを組んでいる。
そしてスタッフとのやり取りから、試合前の対戦相手との電話連絡などを
一手にこなす。試合内外でも貴重な選手だ。
職業は心理学者。どんな仕事内容か聞いてみたのだが
色々な会社や施設に行って、色々なことをしているとのこと。
そして現在、南イタリア内の心理学者たちの間で大きなプロジェクトがあって
それに関わっているらしい。
それ以上の深い話は、僕のイタリア語学力では良くわからなかった(笑)
心理学者というと、何かこう穏やかな
人を一歩引いたところから眺めるような、そんなイメージを思い浮かべるのだが
彼はそうではない。
チームの移動時は率先して、少々キツめの下ネタでみんなを盛り上げる。
そしてある試合前にキャッチャーが怪我をしてしまい
「おい、オマエが替わりにキャッチャーをやれ!」
と監督が指名したときに、彼は烈火のごとく拒絶。
「俺キャッチャー好きじゃない! 俺キャッチャー好きじゃない・・・」
完全に子供そのものだった。
僕はよく彼の車に乗って練習に行く。
そこではいつもチームの話やら、選手の話をする。
「この前の試合で退場になったアイツだけどさぁ
あれは家庭的に問題があるんだよ。それが原因で試合中に・・・」
退場になったアイツとは、普段は非常に穏やかな選手なのだが
試合になると「ここで怒るか??」という場面で
相手選手なんかとケンカをして退場を食らう選手がいて
その彼のことを言っているのだが
僕はよくその彼の家でご飯をご馳走になっていて
家族は皆ものすごく仲が良く
そんな感じじゃなかった気がするんだが・・・
まぁ心理学者が言うことだから、僕のいないところで
きっとあの選手の家庭は問題があるんだろう・・・
そして心理学者、さらに他の選手についても言明。
「あの、エラーして怒って帰っちゃったヤツいるだろ?
アイツは奥さんと問題があるんだよ」
怒って帰っちゃったヤツと僕は、職業が一緒で
よく機材を貸し借りしあっている。なので球場外で会うことも多い。
ついでに飲みに行ったりしている最中
彼は奥さんにベタベタなメールを送りまくる。
そして電話になると「愛してるよ、アモーレ☆」「今から帰るよ、アモーレ☆」
「僕が帰るまで寝ちゃダメだよ、アモーレ☆」
といったセリフを連発。
そして僕が2人を撮ってあげた写真を宝物にしてくれている。
奥さんとの問題は・・・いや心理学者の言うことだ、きっと問題アリなんだろう
そして彼は、このチームの監督の采配についても心理学的検知から言及した。
「うちの監督、2アウトなのにバントのサイン出しただろ
いつもやんだよ、ああいうミス。
アイツはずっと前から奥さんと色々あってさ・・・」
それはちょっと聞いたことあるわ。去年、奥さん観戦に来てないし。
でもなぁ、さすがにこれは・・・単なるサインミスじゃ・・・
しかも今年は2人ともすごい仲良いじゃんかよ!
まぁ野球のユニフォームを身にまとっての発言なので
彼の名誉のために、仕事モードからの発言ではなかったと理解しよう(笑)
そして彼はある日、試合前の移動先の港で
僕にとんでもないことを言い出したことがある。
「おい、ヤギ。問題発生だ。
オレたちは今17人いる。
ところが船のチケットは16枚しか用意しなかった。
いいか、今からオマエは服を脱いで私服になれ。
俺と一緒に2人で船の中に行こう。
そしてオマエは係員にチケットを出せ。
オレはオマエの荷物持ちとして行って
係員には『荷物を置いたら戻る』と言って
チケットを持たずに甲板に入り込む。
そしてうまく甲板に上がったら、みんなの中に紛れ込むから」
・・・ん??
おいおい・・・ヤバくないか!?
これって、もしバレたらヤバイだろ・・・
そんな僕の気持ちとはお構い無しに
彼は移動時に着る、チーム揃いのポロシャツを脱ぎだし
私服を自分の荷物から取り出している。
僕もどうして良いかわからなかったが、とりあえず私服になる。
そして、ボール用具やら、キャッチャー防具など
かなりの荷物を2人でそれぞれ両手いっぱいに持ち
船入り口の、チケットをモギる係員のもとへ向かった。
向かう途中
「いいか、オマエは旅行者だ。
なのでオレとオマエとの会話は英語を使え。
そしてオレはオマエの荷物を甲板に置いたら
すぐにオレは船から降りるっていう設定だからな」
おいおい・・・大丈夫か・・・
そして緊張の一瞬。まず僕が係員にチケットを出す。
僕は係員に向かって、夜なのに「おはようございます」と一言。
しかも僕の中で精一杯下手くそなイタリア語発音で言ってみた。
僕はチケット切り場を通過。そしていよいよ彼の番
「あ~、私は彼の友人なんだが、彼の荷物がたくさんあり過ぎて
甲板に荷物を置いたらすぐにこの船を出るので
彼の荷物を中まで持って行ってあげたいのだが・・・」
係員、間髪入れず
「それは無理です」
「それはわかりますが、彼はこんなに荷物を持っていて・・・」
「チケットが無い方はここから先には入れません」
「でもこんなに荷物が・・・なんとかならないだろうか??」
「彼(僕のこと)が2往復して
甲板までその荷物を持って行くしかありませんね」
こんな問答を10分ほども粘った心理学者はあきらめ
「・・・そうですか、わかりました」そして続けて僕に
「ヤギ、なのでここでお別れだ。
これからも元気でな!日本に遊びに行くからな!!」
と言って僕を抱擁。あれ、おまえイタリア語使ってるぞ
と思いながらも僕は
「ありがとう、ありがとう!さようならー!」
必死に三文芝居に付き合う。
結局彼は、チケット売り場から正規にチケットを手に入れ
先ほどの切符モギりの係員にわからないよう
チームのポロシャツに着替え、帽子を目深にかぶって
チームメイトらと船に入った。
そして僕の待つ甲板に上がって来るなり
「いやーダメだったなぁー☆」と子供のような笑顔。
おい!入れちゃったら入れちゃったで大変だろう!!
ほんとにドキドキしたよ!!
「しかしヤギ、『ありがとう、ありがとう!さようならー!』って!!
なんだよアレ(笑)」
そう言って、彼はチームメイトに僕のモノマネを披露した。
おかげで僕はこの日の船内、チームメイトからひたすら
『ありがとう、ありがとう!さようならー!』
と言われ続けた・・・
彼が、我がチームのキャプテンだ。