練習前にキューバ代表の現エースとキャッチボールをしていた。
僕は、相手に『ん?コイツ意外と上手いのか??』と思われたようで
僕に対して色々と試しの変化球を投げてくる。僕は何とか対応して捕球する。
「ヤギ、ポジションはどこ?」「キャッチャーだよ」
その瞬間、エースの目の色が明らかに変わった。
そして「ヤギ、上手いね」キューバの現エースに言われたこの一言が
僕を新たなる世界へ導く・・・
どうやらキューバ代表の現エースに気に入られたようで
彼女の投球練習の時間になると「ヤギ、キャッチャーやって」と、お声がかかる。
実際は気に入られたと言うよりも
他のキャッチャーやコーチなんかは他の事で忙しく
手が空いているのが僕だけという気がして仕方がないわけだが・・・
ピッチャー6人に対して、キャッチャーが3人。
でもキャッチャーの2、3人目は
この現エースのストレートをほとんどまともに捕れていない。
エースが目を輝かせた理由が解かった気がした・・・
中学生のときからキャッチャーをはじめて、早20年弱
色んな人の球を受けてきた。イタリアでは150キロの球を体感し
150を超えると次元が変わるんだなぁとかぼんやり思いながら
手のひらを“突き指”したりした。
でも「キャッチャーはこれで当たり前だ」なんて呑気な気持ちだった。
そんな僕が、生まれて初めて「キャッチャーって怖い」と感じている。
まず、下から、しかも謎な腕の振り方で、なんであんなに球が速いの??
そしてチェンジアップ。速球のときと全く同じ腕の振りから
なぜかものすごい遅い球が放られる。キャッチャー歴の長い僕ですら
チェンジアップだとわかっていても待ちきれず
ホームベース付近までボールを追いかけて
素人のようにミットを動かして捕りに行ってしまう。
水島新司先生が描くとしたら
彼女の投げたチェンジアップの球に絶対ハエが止まっているはずだ(笑)
そして、現エースの「じゃ、次ライズ行くから」この一言が恐怖で仕方がない。
ライズとはライズボールと言って
下から上に浮き上がってくるような変化をする球なのだが・・・
こんなの捕れるわけねーだろ!ホントに球が浮き上がってくるんですけど!!
水原勇気って存在するんですね☆
もう意地で捕るというか、なんとかグローブに当てて
球が後ろに逸れることだけはないように心がけながらキャッチャーをやる。
捕れないまでも身体で何とか・・・この姿勢が現エースに気に入られたようで
練習後「明日、私たち午前中から練習だから絶対来てね!」と
強制的に明日の僕のスケジュールを押さえてくる。
まぁ練習場所が確保できたし、元々大してやることもないし・・・などと思いつつ
生まれて初めて芽生えたキャッチャーに対する恐怖感・・・明日も受けんのかよ・・・
それから2週間「ヤギ、投球練習」「ヤギ、ライズ」
この二言が怖くて仕方のない日々を送る。
さながらパンチを打たれるだけのスパーリングパートナーの心境。
10何年かぶりに指先をつき指しましたよ。
数日後、練習試合があって観客席で観戦している僕に
球場内から「ヤギ、投球練習」と笑顔もなく、ごく当たり前の表情で手招きされ
『え???球場に入るの???』『そうだよ!とっとと入って来いこの野郎!!』
とジェスチャーで会話。このときの投球練習の緊張感と言ったら・・・
練習試合とは言え、観客がけっこういる。
みんな、ベンチ付近にいる中国人(僕のこと)のキャッチャーっぷりを
試合以上に熱視線で見つめている。
しかも僕が後ろに球を後逸した途端
球は確実に内野グラウンドに入ってしまうスタジアムの構造なので
後逸だけは絶対に許されない。
そして相手ピッチャーはキューバの現エース
いつも以上にふてぶてしく、不機嫌な表情が印象的だ。
しかも相手チームのヤジが相当酷いようで
試合自体、非常に殺伐とした雰囲気。
球場内の緊張感がかなり嫌な感じだ。
それから周囲の反応が悪いことにちょっとカチンとくる。
おい、ソフトボールなんてまともにやったことのない人間が
キューバ代表のエースの球を捕ってるんですよ!
もっと周囲が「オマエ良いねぇ!」とか褒めても良さそうだろ!
現にソフトボールを何年もやっていても捕れないキャッチャーもいるわけだし。
さらに知り合いの、僕に対する人遣いがどんどん荒くなっている。
投球練習が終わりグロッキーになって木陰で休んでいたりすると
「おーいヤギ!こっち手伝えよ!!」
と言って僕を働かせる。
現在、自分の練習そっちのけで、なぜか彼女たちと練習し
毎日ボロボロになっている。